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勉強と寄付

  • 2010-02-25 (木) 10:58
  • 雑談

今年に入ってから私の「究極の英語勉強法講座」は受講費の一部が国境なき医師団を通じて「はしかワクチン」募金に寄付されています。5000円の講座なのですが、このうち1700円(100人分のワクチン)が「はしかワクチン」に寄付しています。

なので、受講生一人に対して100人の子供が救われるのです。

なぜ受講費の一部を寄付することにしたのかと言うと、これは私の中のマイケル・ジャクソン追悼なんです。

マイケル・ジャクソンが亡くなった時、私が一番気になったのが、「地球上の子供に対する愛が減る」という漠然とした思いでした。ネバーランドを作ったり、We are the Worldの活動を通して子供たちが救われる仕組みを作ったりと子供に対する愛を前面に出していたのが、私にとってのマイケル・ジャクソンだったんです。

その彼が亡くなって、誰があの活動を継続するの?と思ったのと同時にすごい罪悪感が生じてしまいました。この罪悪感はうまく言葉にできないのですが、「誰があの活動を継続するの?」と思った時に今まで何もしていない自分と他にやる人を探している自分に対しての罪悪感みたいなものを感じました。

でも、募金って実際、難しいじゃないですか?いくらにしても、心理的抵抗を感じるんですよね。100円だと、月給がこれぐらいなのに、100円でいいのかとか。5000円にすると、ちょっと高いな、とか。3000円だとちょうど良い気もするけど、ちょっとハードル高いなとか。色々と考えてしまい、結局募金しない人が圧倒的に多いんですよね。

で、僕がしたかったのは、この心の中のハードルを感じずに募金してもらうことでした。

それが、受講費の一部が自動的に募金されるというシステムです。

よくビジネス書などには、商品やサービスに社会的意義を持たせると、人が寄ってくると書いてあります。ボルビックの1L for 10Lがその良い例です。あのように社会的意義を提示されると、他の水よりもボルビックを選んでしまいますよね。

でも、僕は逆の発想でした。僕は多くの方にどうやったら募金してもらえるかなと考えました。募金に対する抵抗を下げたかったんです。僕の講座は放っておいても人が集まるので、寄付という社会的意義を作ることによって集客というのはまったく考えていません。たまに、「偽善者」扱いされるのですが、そういう人には言い返す言葉もないです。「はあ。。。」ぐらいですね。だって、あまりにも人間成長のレベルが低いんだもん。。。

最終的には勉強と寄付がセットになればいいなと思っています。色々な人や会社がこういったシステムを取り入れてくれればいいなと思っていて、とりあえず僕がモデルケースを作りたいなと思っているわけです。

たまに、こういった募金によって、本来は自国民の面倒を見なければいけない各国の政府が何もしないことを正当化する口実になると言う人がいます。つまり、こういった募金は、国としてはしか対策を怠る理由になっているみたいなことですね。

正直、「うるせえな~」と思いますよ。だって、責任ある政府にするのと子供たちの命を救うということを天秤にかけたら、明らかに後者の方が重いでしょ。しかも、後者の方が圧倒的に簡単。しかも、そういう人に限って政府への働きかけなんか当然していませんからね。何を言っているのか、正直分からないです。。。100%、自分が寄付をしないことを正当化しているだけですからね。

まあ、そういうアホな人たちは放っておけばいいんですが。

話は戻りますが、今後は時期を見て、寄付の割合を増やしたいと思っています。そのうち、全額を寄付しても良いところまで自分が人間として成長できればと思っています。たぶん、来年の初めにはそこまでいけるかな。

イムラン

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